exhibition

食事を終えたら日付をめくり、カレンダーの裏にはいくつかの線を描こう。

2018年5月18日 - 2018年6月17日

金、土、日 13:00〜19:00 参加作家:戸田祥子、仲田絵美、箕輪亜希子

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2020.11.13

 

クラウトラウムでは2015 年から2017 年に渡って、年に一度一人のアーティストを個展形式で紹介した。普段は生活空間として機能するこの場所の性質上、アーティストと企画者、その日常から発生した個と個の対話を、展覧会という次元の中へとゆるやかに移行する試みでもあった。作品が作品然としてそこに居るというよりは、アーティストの日々の思索やスケッチが仮置きのままであるような、生ものをなるべく鮮度の高い状態で誰かに示すようなこと。しかし引き出しの中身を全て見せるのではなく、ある程度を閉じ、ある程度をひらくということのバランスを意識してきた。

2015 年前後というと、他者とのつながりを注視するあまり、その距離のはかり方が見えづらくなっていたような空気を肌で感じていた頃だったと記憶している。固く手をつなぎ全体図をなすだけではなく、たとえば個が個のままであり続けるような状態とは、誰かと距離を埋めるだけでなく、距離を維持していくことはどのような形で肯定できるのだろう。そんな最初の個展から連綿と続いていた問いかけに似たものを、三人の作品の中に見出していたのだと思う。

 

 

会場に入ると一見がらんどうのように見える奥の部屋には、目をこらすと中央で床にたたずむ小さな立体物が見えてくる。透明のアクリル板に描かれることで、背後から差し込む自然光が影となりさらに複数の線を生む戸田祥子のドローイングだ。

 

風景やその写真をモチーフに描きながらも、具体的な像として捉えられることを画面全体の中でかわし続ける。見ることの不確かさそのものを可視化しているとも言える線の集積は、鑑賞者各々の視点のずれをそのまま引き受けるような寛容さを持つ。同じ景色を同じように見ているとはかぎらない、隣にいる誰かとの認識のずれ。それは小説という形式をえらんだ仲田絵美の作品にも通底している。

映像作品のように物語が自ずと進行するのではなく、小説はそれ自体読まれなければ始まることはなく、綴じられた中で世界を完結させる。イメージを切り取るという点で写真との類似性をしばしば語られるが、写真のように同じ場面を誰かと同時に共有することはあり得ない。「永遠に輝く美しい一瞬を」という一見矛盾に感じられるような小説の名前は、彼女がずっと向き合ってきた写真の性格をその内容とともに暗に物語る。読み終わったときにふいに出会う海の写真や実物の香水、NBA 選手の切り抜きが、鑑賞者と共有できる唯一の手立てとなり、小説の世界と現実に起こりうる何かとのあいだに接ぎ目をつくっていた。

会場全体を回遊するように点在し、ほかの作品や鑑賞者にいたずらに介入するのが箕輪亜希子の綴る言葉だった。文章を読むことで読み手が徐々に作品内部の当事者として浮かび上がり、取り込まれ、またそれを別の誰かが見つめる。鑑賞者と作品、作品と作品、鑑賞者と鑑賞者。その境界をずらしたり主体性を転覆させるさまは、状況に応じて刷新されたり形を変えていくことで知りえるものに、希望を託しているようにも見えるのだ。

“テーブルを囲んで食事をしながら「おいしい」と言葉を交わすときの、それぞれの舌触りにどのような違いがあるかは誰にもわからない。凝縮された経験と記憶と、この瞬間とを結ぶ私たちの舌は当然ながら少しずつ似ていて、少しずつずれている。だからこそ、いくらかの共通認識を持つこの感覚をたずさえて、時間と場所を共にすることには希望を持っていたい。”

2018 年におこなったこの展覧会に寄せた当時のテキストを読み返してみる。展覧会のタイトルにも登場する食事は社会的な時間の比喩として、後半部分は創作行為を肯定的に捉えた孤独な時間として対比している。しかし誰しもがパンデミックを経験した2020 年の現在からすれば、この対比自体がもはや無効なものになり、他者との距離を物理的に遠ざけざるをえない状況が反動を呼びまた接近を欲望している。きっとこの頃とはまったく異なる文脈からまた新たな問いが、まもなく生まれるのかもしれない。

 

 


 

Information

 

この度、krautraum(クラウトラウム)では、戸田祥子、仲田絵美、箕輪亜希子による展覧会「食事を終えたら日付をめくり、カレンダーの裏にはいくつかの線を描こう。」を開催いたします。

 

 

テーブルを囲んで食事をしながら「おいしい」と言葉をかわすときの、それぞれの舌ざわりにどのような違いがあるのかは誰にもわからない。凝縮された経験と記憶とこの瞬間とをむすぶ私たちの舌は当然ながら少しずつ似ていて、また少しずつずれている。だからこそ、いくらかの共通認識を持つこの感覚をたずさえて、時間と場所を共にすることには希望を持っていたい。

三人を会したこの展覧会という一過性の場も、きっとそうしたことの延長線上にある。

 

タイトルに用いた「カレンダーの裏」は、創作のために選ばれるブリコラージュ的な支持体や媒体の比喩でもあり、生活する時間のなかに表現をもとめ、日々生成される状況を示してもいる。三人はそうした至極個人的な営みのなかにありながらも、ある局面では自分を相対化しようと試み、やがてふたたび主体性へと舞い戻って指先を走らせる。

彼女たちの作品にはいつも普遍的なもの、のようなものを帯びる瞬間がおとずれる。それがしばしば私たちと、彼女たちや、その作品との距離を近づけ、共感や共有という言葉が浮上する。でもどういうわけかそれはとても流動的で曖昧で、私たちはまたすぐにばらばらになってゆく。

 

 

お越しの際には、事前にお名前、メールアドレスまたはお電話番号、ご来場日時をご明記の上

info@krautraum.comまでご連絡ください。

 

作家略歴(五十音順)

 

戸田祥子 (とだ しょうこ)

1981年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。

近年の主な展覧会に「引込線」(埼玉、2017/2015)、「エスぺランティス-六」(BLOCK HOUSE、東京、2017)、「分け目で、踊る」(krautraum、東京、2016)、「瀬戸内国際芸術祭」(香川、2016/2013)、「断片から景色」(アキバタマビ、東京、2016)など。上映会に「親密と対岸」(krautraum、東京、2017)。

作家ウェブサイトhttps://sites.google.com/site/shokotoda/home

 

仲田絵美 (なかた えみ)

1988年生まれ。写真ワークショップ松本美枝子のキワマリ荘の写真部修了。

第7回「1_WALL」グランプリ受賞。主な出版物に「よすが」(赤々舎、2015)、近年の主な展覧会に「なんでもない」(krautraum、東京、2017)、「VOCA展2017 現代美術の展望—新しい平面の作家たち」(上野の森美術館、東京、2017)、「あわい」(OGU MAG、東京、2015)、「よすが」(ガーディアンガーデン、東京、2013)。

作家ウェブサイト http://nakataemi.com

 

箕輪亜希子 (みのわ あきこ)

1980年生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科彫刻コース修了。

主な個展に「Picking stones」(gallery21yo-j、東京、2018)、「距離と囲い」(krautraum、東京、2015)、「貴方を思う。そしていくつかの私について。」(void +、東京、2015)など。主なグループ展に「切断vol.Ⅲ」(3331Arts Chiyoda、東京、2017)、「長い夢を見ていたんだ」(TALION GALLERY、東京、)。上映会に「親密と対岸」(krautraum、東京、2017)。

ウェブサイトhttp://minowaakiko.com/